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2012. 07. 10  
今回の愛媛県西予市への出張。
車で行く元気がなかったので、鉄道で行きました。
奈半利からごめんはなり線で高知へ。
高知から特急で窪川へ。
そして予土線で北宇和島へ。
最後は予讃線で卯之町まで。

いやぁ、鉄道はいいですね。
景色をゆっくり眺められます。
地形の特徴、人々の暮らしのようす、乗客の客層。。。
そんな要素を頭の中でいろいろ組み合わせながら、
地域の特徴を考えるのがたのしい。

特に予土線の車窓はすばらしい。
観光目的に特化して売り出せる気がしました。

車両にトイレがないせいか(行き違いのためでしょうけど)、あちこちの駅で数分止まります。
そんなゆったりとした移動を楽しみました。


そんな道中で感じたこと。
予土線は、私の頭の中を混乱させる?!

予土線って、寄り添う川が変わるんですよね。
川の流れに沿って下っているかと思えば、トンネル抜けたら、
別の川の流れにそって上っていたりします…。

それに、県境が分水嶺じゃない。。。
だいたい県境って分水嶺になっていることが多いですから、
駅名板に書いてある県名が変わるということは、流域が変わることが多いです。
それが、予土線では、県境を越えても、流域が変わらない…。
あとから地図を見てわかったのは、宇和島市の一部まで四万十川水系なんですね。
こりゃ、おどろいた。
四万十川は愛媛県にも流れていたんですね…。
知らんかった…。
流域が違うのに、江川崎から西の人は、みんな宇和島が生活圏なんでしょうね。
乗客数も江川崎から西に行けばいくほどどんどん多くなりました。
ふしぎ。。。
きっと分水嶺が低いから、鉄道ができる前から移動が容易だったのかもしれません。


もうひとつ。
混乱するわけではないですが、
江川崎駅を境に、列車のスピードが極端に変わりますね。
江川崎より西は、トンネルも多く、直線が多い線路の敷設の仕方で、
列車もがんがん飛ばします。
駅の間の距離も比較的長い。
しかし、江川崎より西では、線路は川に沿って、くねくね曲がりまくり、
列車のスピードはちんたらちんたらです。
駅の間の距離も短い。

これは、敷設した時代が違うなぁとおもったんです。
江川崎から西が古くて、東が新しい。
西側はトンネルに依存し、スピードが出せるような線路敷設をしなかった(できなかった)んでしょうね。
そして、駅までの交通機関が未発達な時代、
結果的にたくさんの駅を作った可能性がある気がしました。

その予想は、ほぼあたり。
調べてみたら、
やっぱりそのとおりでした。

江川崎から西の開通は、昭和28年。
特に宇和島~近永は大正3年に開通した軽便鉄道が元なのね。
どうりでスピード出せないはずです。

一方、江川崎より東は、昭和49年。
たしかに施設が、高架を取り入れたりして近代的だったもの。
そりゃ飛ばせるはずです。


ついでに、四万十川の流域図
を見てみました。
わたしの感想。→ぐちゃぐちゃですね。
きっとまっすぐ流れたくないんでしょうね、四万十川って(苦笑)。
なんで素直にまっすぐ流れないんでしょうね?
なんか理由がありそう。
暇があったら調べてみます。


こんなこと考えながら、列車に乗っている客は、
ほとんどいないんでしょうね。。。

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k.yuhora

Author:k.yuhora
琉球大学(学士)→筑波大学(修士)→北海道大学(博士)と北上してきました。
北大院生時代は、南幌町で離農した一軒家をお借りして、ミツバチと四季を感じながら暮らしていました。高知県室戸市の室戸ジオパーク推進協議会地理専門員を経て、現在、徳山大学経済学部准教授として働いております。

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